2016年JRAのレースを種牡馬成績とともに振り返る
                                     レポートby馬賭

0. 本レポートにおける注意事項
 近代競馬では様々な場面で競走馬の血統の重要性が説かれている。しかしながら、主題ではないので詳しくは述べないが、競走馬の持つ遺伝子と競争能力の関係については科学的に正しいといえる研究はなされていないし、その解明(遺伝子の微妙な違いが競争能力に影響があるにせよ無いにせよ)は現代の科学技術では不可能であると考える。
 一方で、サラブレッドの生産者を含む競馬関係者は、ある情報をもとに(それが擬似科学であれ、ただの憶測であれ)何らかの判断をして行動しているはずであり、それらの情報に共通性があるならば、偶然の結果として血統と競争成績に関連性が生まれる可能性があるのではないかと考える。多くの競馬関係者は当然、経済活動として競馬を行っているので、例えばある種牡馬のブランドを作る、守るといったことを目的にした戦略を立てていることもあるであろう。
 以上の理由により、本レポートでは、客観的な情報をもとに筆者の私見を述べる場合があるが、生物学的見地からの判断はしておらず、あくまでも数多くある競馬の要素の一つ、記号としての種牡馬と競争結果の関連性を考察しているに過ぎないことを理解してほしい。また、血統を父馬のみで語るのは片手落ちであるのは間違いないが、母馬についてデータ処理を行うための母集団を形成する有効な方法が思いつかないので、父馬をベースにデータを整理した。
 本レポートはあくまでも個人の趣味として作成したものであり、データの間違い、誤記がある可能性があるが、ご容赦願いたい。

1. はじめに
 2016年暮れの大一番、有馬記念はサトノダイヤモンド(父:ディープインパクト)が勝利し、その強さは感動的ですらあった。2016年に行われた平地のGI、22レースのうち、ディープインパクト産駒は9勝しており、サンデーサイレンス系産駒にまで広げると15勝した。ディープインパクトは5年連続でJRAのリーディングサイアーとなった。その父サンデーサイレンスは過去には13年連続JRAリーディンサイアーであったこともあり、今年で11年連続BMSリーディングとなり、サンデーサイレンス系血統の日本における影響力が大きいという印象を持たざるを得ない。   
 世界に目を向けると、英国はGalileoが7年連続リーディングサイアーを決め、英国競馬はノーザンダンサー系の天下が長らく続いている。フランスでもGalileoがリーディングを取ったが、最近はミスタープロスペクター系とノーザンダンサー系の勢いが拮抗している。北米では他の地域同様にノーザンダンサー系とミスタープロスペクター系が主流血統として成功を続けているが、シアトルスルー、A.P.インディという大種牡馬の血を引くボールドルーラー系のTapitが3年連続リーディングサイアーとなっている。
 日本における主流血統といえるサンデーサイレンス系はヘイルトゥリーズン系の種牡馬である。ヘイルトゥリーズン自身も北米リーディングサイアーになっており、その後継種牡馬もコンスタントにGI馬を輩出している有名系統ではあるが、日本以外の地域では他の主流血統に比較して勢いは強くない。オーストラリアにおいてもヘイルトゥリーズン系の元流であるロイヤルチャージャー系の種牡馬が活躍しているが、基本的にはノーザンダンサー系が主流であると言ってよく(2016リーディングはミスタープロスペクター系のStreet Cry)、日本ほど極端に世界の流れとの違いが大きくない。なぜ日本の主流血統が世界の他の地域と乖離があるのかを明快にするのは容易ではないが、まずは日本の状況を正確に把握することが重要であると考え、本レポートをまとめた。

2. データの取得方法と血統の整理方法
 検討したレースはJRAのレースのみである。データはネットで入手可能な使用している。種牡馬成績に関しては主に“競馬データベース - netkeiba.com”の“種牡馬リーディング”を使用した。その他独自のデータ整理にはJRAホームページや競馬ラボの出走表を活用した。
 本リポートを執筆するにあたり、ディープインパクト産駒(D)は独立してデータを眺めることにし、他の種牡馬の系統を主に以下のように束ねた。サンデーサイレンス系(S)、ディープインパクトを除いたサンデーサイレンス系(S-D)、ノーザンダンサー系(N)、ミスタープロスペクター系(M)、ロベルト系(R)、ナスルーラー系(Na)、サンデーサイレンス系を除いたヘイロー系(H)、上記に該当しない非主流系(T)。本レポートでは通常ヘイルトゥリーズン系と括るところをロベルト系、ヘイロー系と分離したり、ヘイロー系の中からサンデーサイレンス系を独立させるなどしている。また、通常ボールドルーラー系、グレイソブリン系などと独立させるところをナスルーラー系と広く括っている。血統を語るにあたって適当な方法とは言えないかもしれないが、ある程度の大きさの母集団を作るために作ったグループである。ちなみにそれぞれの出走回数は(D):1914、(S):20675、(S-D):18761、(N):8481、(M):11170、(R):3183、(Na):4313、(H):1757、(T):330である。
 レースの格は平場+特別(重賞除く)、重賞、エリートレースと3種類に分類した。エリートレースは平地のGI、GIIレースと定義した。

3. 結果
3-1 年間勝率

 まず、全体概要を把握するために、年間勝率を図1に示す(勝率=勝利回数/出走回数)。JRA全レースの平均勝率(全レース数/全出走回数)は0.069である。いずれの系統も平均値からの乖離は少なく、ロベルト系の勝率の低さが気になるが、特定の血統が優秀という印象は無い。その中で、ディープインパクト単独の勝率(0.120)の高さは圧倒的である。(S)と(S-D)の数値を比較すると、ディープインパクト一頭でサンデーサイレンス系の平均値を押上げているのがよくわかる。全種牡馬の中で出走回数が200回を超える種牡馬74馬のうち、勝率が0.1を超える種牡馬はディープインパクトのみであり、その成績の優秀さは特筆ものである。勝率が0.090以上の種牡馬はキングカメハメハ(M):0.090、ダイワメジャー(S):0.092、マンハッタンカフェ(S):0.098、ヨハネスブルク(N):0.096、シニスターミニスター(Na):0.090、カジノドライヴ(Na):0.090である。勝率が0.080以上の種牡馬はハーツクライ(S):0.081、ハービンジャー(N):0.087、ゴールドアリュール(S):0.085、アドマイヤムーン(M):0.081、ヴィクトワールピサ(S):0.080、サクラバクシンオー(Na):0.089、スクリーンヒーロー(R):0.087、パイロ(Na):0.080、カネヒキリ(S):0.082である。多く種牡馬が「なるほど。」と思わせる種牡馬であり、やはりサンデーサイレンス系には優秀な種牡馬が多いとの印象を受ける。活躍がダートに片寄っているために注目度が低いかもしれないが、シニスターミニスター(Na)、カジノドライヴ(Na)、パイロ(Na)といったA.P.インディの直系種牡馬達の活躍にも注目すべきだろう。

             図1 各種牡馬系統の年間勝率

3-2 レース格別年間勝利
 3-1では年間の全レースをひとまとめにして勝率を計算したが、ここではレースの格別に勝率を計算してみた。結果を図2に示す。全体的にはレースの格が変わっても、勝率は平均勝率と違いは無いと言える。
 気になるのはディープインパクトを除くサンデーサイレンス系(S-D)の勝率が、レースの格が上がるほど下がっている点である。これはサンデーサイレンス系以外のヘイロー系や非主流系と同様の傾向である。そもそも(H)や(T)は出走数も少なく、重賞出走数も低いので((H)の出走数=36、(T)の出走数=3)、多分に誤差を含んでいる可能性はあるが、サンデーサイレンス系の重賞の出走回数はのべ1000回を超えており、誤差のせいとは考えにくい。それではサンデーサイレンス系は非主流血統と同じくハイレベルな競走馬を出しにくい血統なのだろうか?それも、にわかには納得し難い。もしかしたらサンデーサイレンス系の産駒は、実力以上に期待されてしまい、競争能力が落ちてきても引退を躊躇して、重賞レースに出走させ続けてしまう、ということがあるのかもしれない。

              図2 レース格別勝率

 もう一点目を引くのはロベルト系のエリートレースでの勝率の高さである。エリートレースでロベルト系は4勝しており、そのうち3勝はスクリーンヒーロー産駒(モーリス1勝、ゴールドアクター2勝)である。総じて勝率の低いロベルト系の中でスクリーンヒーローだけが高勝率であり、まだまだ実績が少ないので何とも言えないところがあるが、スクリーンヒーローは大物を出す種牡馬というイメージができつつある。もしかしたらロベルト系の中で、特異な存在となっていくのかもしれない。

3-3 新種牡馬成績
 既に海外での実績のある種牡馬も含めて、期待の種牡馬の産駒がデビューした。表1に主な種牡馬の成績をまとめてみた。

  表1 2016年産駒デビューの種牡馬成績

種牡馬(系統)

年間勝率(勝利数/出走回数)

アイルハヴアナザー(M

0.06614213

キングズベスト(M

0.0459202

サマーバード(M

0.0649140

ストリートセンス(M

0.10113129

スマートファルコン(S

0.043494

タートルボウル(N

0.0718112

ディープブリランテ(S

0.07712155

トビーズコーナー(N

0.042248

トーセンホマレボシ(S

0.0395127

ルーラーシップ(M

0.12120165

アーネストリー(R

0.000013

トランセンド(T

0.119542

フリオーソ(R

0.031265

リーチザクラウン(S

0.077565

エイシンアポロン(N

0.071114

オウケンブルースリ(Na

0.000012

ジョーカプチーノ(S

0.100330

ヒルノダムール(S

0.000031


実績が少なくこれらのデータから言えることは少ないが、以下の3頭に注目したい。
・ルーラーシップ(M)
 現役時代は大レースで“あと一歩”の印象が強い同馬であるが、母、祖母に加え近親にGI馬が多数いる血統的背景から期待は大きい。
・ トランセンド(T)
 なんといっても、マイナー血統。地方での活躍馬でも出せれば、との期待以上の活躍も見えてきただろうか?
・ ディープブリランテ(S)
 ディープインパクト産駒初のダービー馬。ディープインパクトの後継種牡馬が育つか?責任は重大である。ちなみにサンデーサイレンス産駒のデビューイヤーの勝率は0.278、ディープインパクトは0.219だったので、それらと比較すると小粒なのかもしれない。

4. 所感
 サンデーサイレンスは偉大な種牡馬であった。かの大種牡馬ノーザンテーストはその産駒のうちGIを2勝以上したのは3頭であったのに対し、サンデーサイレンスはGI (海外GI含む)2勝以上の産駒を17頭輩出している。その強烈な印象から、サンデーサイレンス系の馬を特別視しがちになるが、今回のデータ整理の結果からは、世界の主流血統のノーザンダンサー系、ミスタープロスペクター系に対する優位性を見いだすことはできなかった。認識としては、「日本の競馬界はサンデーサイレンス系を世界の主流血統に並ぶほどに育てている」、というのが正しいのではないだろうか。
 一方、サンデーサイレンス系でもディープインパクトは別格である、というのが今回の結論である。まだまだサンデーサイレンスに並んだとは言えないと思うが、GI級を20頭以上輩出しているし、歴史的名牝ジェンティルドンナの父となり、並以上の名種牡馬といっていいであろう。サンデーサイレンスとは時代が違うので単純には比較できないが、GIを含む海外重賞勝ち馬を次々に出している点は父を超えているようにも見え、非常に頼もしい。望むらくは、牡馬の名馬を産み出してほしい。今で言えば、マカヒキやサトノダイヤモンドがその候補となるだろうか。
 日本のサラブレッド生産界において、父系が長く継続している例は少ない。近年でもテスコボーイから続く血統がサクラバクシンオーまで受け継がれていたが(といっても3代連続なので珍しい例ではない)、同馬も2011年に死没してしまった。その後継種牡馬もいるが、今後発展できるかどうかは不透明である。現在の期待はもちろんサンデーサイレンス系やキングカメハメハの後継となるが、今のところその道筋が見えたとは言えない。3代を超えて、4代、5代と血筋が続いていくかどうかなど予想をしようがないというのが実際のところだと思うが、今年の種牡馬成績から見れば一番の期待はディープインパクトであり、後継の出現をどうしても期待してしまうのは仕方ないところだろう。

5. おまけ
 2016年の世界の主要レースの結果を、優勝馬の父馬という視点で振り返ってみたい。主要レースとして選んだのはグリーンチャンネルで放送されていた“2016ワールドレーシングレビュー”という番組で取り上げられたGIレースとした。

  表2 世界の主要レースの優勝馬と種牡馬

レース名

距離(m

優勝馬

種牡馬(系統)

フロリダダービー

D1800

ナイキスト

Uncle MoNa

ケンタッキーダービー

D2000

ナイキスト

Uncle MoNa

プリークネスS

D1900

エグザジャレイター

CurlinM

ベルモントS

D2400

クリエイター

TapitNa

トラヴァースS

D2000

アロゲート

Unbridled’s SongM

ドバイワールドC

D2000

カリフォルニアクローム

Lucky PulpitNa

オウサムアゲインS

D1800

カリフォルニアクローム

Lucky PulpitNa

ブリーダーズCクラシック

D2000

アロゲート

Unbridled’s SongM

コティリオンS

D1700

ソングバード

Medaglia d’OroN

ゼニャッタS

D1700

ステラーウィンド

CurlinM

ブリーダーズCディスタフ

D1800

ビホルダー

Henny HughesN

チャンピオンズマイル

1600

モーリス

スクリーンヒーロー(R

2000ギニー

1600

ガリレオゴールド

Paco BoyN

プールデッセデプーラン

1600

ザグルカ

GalileoN

セントジェームスパレスS

1600

ガリレオゴールド

Paco BoyN

クイーンアンS

1600

テピン

BernsteinN

サセックスS

1600

ザグルカ

GalileoN

ジャックマロワ賞

1600

リブチェスター

IffraajM

ブリーダーズCマイル

1600

ツーリスト

TiznowT

香港マイル

1600

ビューティーオンリー

Holy Roman EmperorN

プールデッセデプーリッシュ

1600

ラクレソニエール

Le HavreNa

ディアヌ賞

1600

ラクレソニエール

Le HavreNa

1000ギニー

1600

マイディング

GalileoN

英オークス

2410

マイディング

GalileoN

クイーンエリザベス2S

1600

マイディング

GalileoN

ドバイターフ

1800

リアルスティール

ディープインパクト(S

クイーンエリザベス2C

2000

ワーザー

TavistockN

タタソールズゴールドC

2100

ファッシネイティングロック

Fastnet RockN

イスパーン賞

1800

エイシンヒカリ

ディープインパクト(S

プリンスオブウェールズS

2000

マイドリームボード

Lord ShanakillM

ジョッキークラブ賞

2100

アルマンゾル

Wooton BassettM

エクリプスS

2010

ホークビル

Kitten’s JoyN

愛チャンピオンS

2000

アルマンゾル

Wooton BassettM

英チャンピオンS

2000

アルマンゾル

Wooton BassettM

香港カップ

2000

モーリス

スクリーンヒーロー(R

フラワーボールS

2000

レディーライ

Divine ParkM

ブリーダーズCフィリー&メアターフ

2000

クイーンズラスト

DansiliN

コックスプレート

2040

ウィンクス

Street CryN

英ダービー

2410

ハーザンド

Sea The StarN

愛ダービー

2400

ハーザンド

Sea The StarN

ドバイシーマクラシック

2400

ポストポンド

DubawiM

コロネーションC

2410

ポストポンド

DubawiM

サンクルー大賞

2400

シルバーウェーブ

Silver FrostNa

キングジョージ6世&クイーンエリザベスS

2400

ハイランドリール

GalileoN

インターナショナルS

2080

ポストポンド

DubawiM

ヴェルメイユ賞

2400

レフトハンド

DubawiM

凱旋門賞

2400

ファウンド

GalileoN

ブリーダーズCターフ

2400

ハイランドリール

GalileoN

香港ヴァーズ

2400

サトノクラウン

MarjuN


 表2を参照すると、日本調教馬の血統が異彩を放っている。これを日本競馬界の挑戦と見るか、ガラパゴス化と見るかは意見が分かれるところであろう。日本で無類の強さを誇るディープインパクト産駒が世界で通用しないのでは話にならないが、事実、勝負できているこの系統を今後10年、20年と期待を持って見守っていきたい。できれば、加えて他の日本血統と言える系統の子孫が繁栄することも期待したい。

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