2017-19年JRAのレースを種牡馬成績とともに振り返る

レポート by 馬賭

0.本レポートにおける注意事項
 注意事項に関しては2016年、2017年のレポートと重複する部分があり、それぞれの0項を参照していただきたい。
付け加えるならば、競走馬の能力と遺伝子情報との関連を科学的に追求しようとする試みは続けられているので、いつかは我々の疑問に答えてくれる日は来るのかもしれない。しかしそれは、ゲノムレベルでの話であり、本レポートで述べるような、種牡馬A、種牡馬Bというレベルでは、到底説明のできる理論に収まることはないと思われるので、本レポートのような、ある意味幼稚な、ある意味わかりやすい整理も何かの役に立てるであろう。
 また、本レポートを理解するためには統計学の基礎を理解している必要がある。そのすべてを一般向けに解説することはできていない。専門用語に関しても解説をほぼしていないが、インターネット検索する程度で理解いただけると思うので、参照していただきたい。

1.はじめに
ディープインパクト、キングカメハメハ、これら2大種牡馬が2019年、相次いでこの世を去った。これまで多くのスターホースを世に送り出し、我々競馬ファンを楽しませてくれたことに、心から「お疲れ様、ありがとう」と言いたい。さらには、自身の活躍に匹敵するような後継種牡馬が出てくれないか、と願うばかりである。"後継種牡馬"という言葉をよく耳にする。生産者は別として、競馬ファンとしては、「応援していたあの馬の血筋を残して欲しい」、「名馬から名馬が生まれるというのはロマンだよなあ」、という願望にも似た感情が含まれていることが多いでのではないだろうか。
2017年までのレポートでは、日本で他国に比べてヘイルトゥーリーズン系(特にサンデーサイレンス系)種牡馬の活躍が目立っていることもあって、それぞれのサイアーラインがどのように特徴を見っているのか(例えば、ノーザンダンサー系、ミスプロ系、サンデーサイレンス系など系統毎に種牡馬としての能力に違いがあるのか)を解析してみた。産駒の勝率を指標にすると、各系列間での成績の差はないという結論を得た(過去のレポートを参照)。日本においてサンデーサイレンス系種牡馬が、平均で見れば特別優秀な成績を残しているわけではない。その他、〜の系統が種牡馬として比較的優秀であるなどとは言うことができなかった。サイアーラインや血統で競馬を語るのはもちろんありだと思う。私自身も日頃から楽しんでいる。ただし、それはあくまでも情緒的な部分での楽しみであって、100%論理的にはなりえないということを認識しておく必要があるであろう。
それでは優秀な種牡馬はどこで、どのようにして生まれるのであろうか。その謎に迫るためには、種牡馬を系統毎に一括りにするのではなく、個々の種牡馬の成績を見ていくしかない。しかし、ここで問題が一つ持ち上がる。父系を一括りにしてデータ整理する場合、多くのデータを集めることができるが、個々の種牡馬毎となるとそれぞれのデータ数は大幅に減り、データの信頼性が低下してしまう。

図1 勝利度数 vs 勝率ヒストグラム


 1例として図1に、2017年の種牡馬成績から、各種牡馬の成績がどのように分布しているのか、勝率をベースにして表した。このようなデータをもとに優秀な種牡馬、そうでもない種牡馬をグループ分けして、その要因を探る、という流れの作業を想定して進めてみたが、どうしても様々な矛盾にぶつかり、一貫した話にまとめることができなかった。しかし、後述するようにデータの質を上げる試みをすることにより、ある程度統計的に種牡馬能力を解析できる目処が立ったため、本レポートを作成した。主には、データ数を多くするための工夫をすることである。さらにはサイアーライン毎にデータ解析した場合には現れなかったことであるが、個別の種牡馬毎での解析は、芝、ダートの成績の差が明確に表れ、それらを混在させると、データの質が落ちていることも分かった。そこで、少しでもデータの信頼性を向上すべく、これまでとは異なったデータ整理をすることにした。

これまでとの主な変更点を以下に挙げる。

(1)データ数を増やすため、産駒の成績を勝率ではなく、複勝率で評価する。
(2)単年の成績だけで判断するのは心許ないので、今回は2017年から2019年の3年間の成績を見ることで、データの妥当性を検証する。

(3)毎年レース体系は変化するし、出走頭数は同じとは限らないので、少しでもその誤差を少なくするために、データを規格化する。すなわち、各年の複勝率をその期待値で割った値を適正指数と定義する(適正指数=複勝圏内頭数/全出走頭数/期待値)。

(4)出走回数が少ないと、誤差が大きくなるため、扱うデータは、産駒の出走回数が100回を超える種牡馬のみとする。

(5)経験上、2歳戦の成績のみでは種牡馬能力を正確に表せないので、扱うデータは、産駒デビュー2年目以降の種牡馬のみとする。

(6)芝とダートの成績は別々に評価する。

その他、芝、ダートともに、良馬場とそれ以外の馬場状態を分けたデータ整理も試みた。


2. データの取得方法

 検討したレースはJRAのレースのみである。データベースはJRA-VANデータラボを使用した。各種検索にはTARGTE frontier JVを使用した。JRA-VANのデータベースでは、産駒が外国産馬扱いの場合に、種牡馬が同じにもかかわらず、種牡馬名が英語表記になっている場合があり、(たぶん)誤差の原因となっているが、今回は補正していない(労力の割には誤差が小さく、大勢に影響がないため)。ご容赦願いたい。


3. 結果

3-1 全体概要

 種牡馬成績を解析するにあたり、前提となるデータを表1に示す。


表1 前提となるデータ



対象種牡馬数

(産駒出走回数100回以上)
芝レース複勝率

期待値
ダートレース複勝率

期待値
2017年
94
0.216
0.204
2018年
94
0.220
0.206
2019年
92
0.224
0.212

 今回産駒出走回数100以上の種牡馬を対象にしたが、100という数字にはあまり意味はない。信頼のあるデータにするためにはもっと出走回数を多くしたいが、そうすると対象となる種牡馬数が少なくなってしまうジレンマがあるので、いわゆる"落としどころ"というやつである。ちなみに出走数100というのはどの程度の数値であるか、確認しておきたい。JRAの年間レース数は3000を超えるので、100というのは約3%である(同一レースに複数出走する場合もあるので注意)。2019年の実績で最も出走回数が多かったのはディープインパクト産駒の1904回であり、その場合、平均して半数以上のレースの出走したことになる。ディープインパクト産駒ほど出走数が多いと、毎年のデータが安定しているが、年間出走回数100程度であると、データのばらつきが非常に大きい。ディープインパクト産駒の場合、芝レースの複勝率が2017年0.357、2018年0.361、2019年0.378であり、出走回数がかろうじて100を超えるローレルゲレイロ産駒の場合芝レースの複勝率が2017年0.132、2018年0.211、2019年0.073であった。このように産駒出走回数の少ない場合はデータのばらつきが多く、データの解釈は注意深く行う必要がある。また、対象となる種牡馬数は各年とも約90頭となった。JRAのレースに産駒が1頭でも出走した種牡馬数は2017年444頭、2018年440頭、2019年449頭であったので、かなり絞り込んだことになる。産駒成績を複勝率で見た場合、その期待値は0.2強であり、この値を上回れば良い成績だといえる。2019年の実績で見ると芝レースの最高複勝率はディープインパクト産駒の0.378、ダートレースの最高複勝率はストーミングホーム産駒の0.329であった。全体的に複勝率が0.3を超えることは珍しく、複勝率0.3越えは特に優れた成績といえるだろう。

  さて本題に入りたい。今後はデータを産駒の複勝率を期待値で割った適正指数を主に用いる(適正指数=複勝率/期待値)。図2に2017年から2019年の芝レース、ダートレースそれぞれの産駒適正指数を横軸に、縦軸にその適正指数を持つ種牡馬数を表すヒストグラムとして示している。



図2 種牡馬数 vs. 適正指数のヒストグラム


 図1と比較して明らかなように、一つのまとまったデータ群としてデータ収集できたように思う。これらのデータから平均値と標準偏差を計算した結果が表2である。


表2 図2で示したデータから計算される平均値と標準偏差



平均値 標準偏差 期待値以上の成績を残した種牡馬の割合
2017芝 0.774 0.349
24/94
2018芝 0.752 0.371
22/94
2019芝 0.730 0.347
20/92
2017ダート 0.899 0.265
32/94
2018ダート 0.902 0.333
35/94
2019ダート 0.898 0.272
35/92

 種牡馬の能力は、1年1年大きく変化するとは考えにくいので、表2に示した値は年次で大きく変化しないはずである。概ねそうなっているが、ばらつきが気になるのも確かである。例えば2018年ダートレースの標準偏差は少しおかしい。データの中身をよくチェックしてみると、種牡馬生活晩年に差し掛かり、出走頭数が減ってきた3頭の種牡馬(カンパニー、ダンスインザダーク、サマーバード)の産駒の成績の大きな誤差で、適正指数が0.2以下と1.9以上に散らばってしまっていることが原因の一つのようである。これらの値を異常値として取り除いてしまえば、2017年、2019年とあまり差のない値にはなるものの、それをやっていてはきりがないので、"産駒出走回数100走以上のデータを用いる"を堅持して話を進めたい。長年データを積み重ねて、これらの誤差も"ある範囲内に収まる"ということを確認していきたい。



図2' 種牡馬数 vs. 適正指数のヒストグラム(正規分布グラフ付き




図3 正規性の検定


 表2で求めた平均値と標準偏差を用いて、データが正規分布に従うとして度数(頭数)を計算し図2のグラフに併記してみたのが図2'である。データの凸凹はあるが、データは正規分布になっているとみて良いようである。念のため、適正指数のデータ群の累積確率を正規分布の累積逆関数で算出した値とデータをプロットし、その直線性を確認し、正規性の確認も行った(図3)。

多くの自然現象が正規分布で整理できることはよく知られているので、この結果も妥当だといえるであろう。種牡馬の能力は自然現象で決定される、ということである。例えば日本人男子の身長の分布と同じように、種牡馬能力は分布しているということである。サラブレッドを超えた"スーパーサラブレッド"みたいなものは存在しない、と言ってもいいかもしれない。サラブレッドの繁殖は人為的に行われるものであるが、自然の摂理に反するようなものを生み出しているわけではないということである。ある意味当たり前のことが分かっただけでも、データ整理をした甲斐があった。

 「そんなことじゃあ、おもしろくもなんともないなあ」という声が聞こえてきそうであるが、そう決めつけるのは早計である。ここで、分布が正規分布だとして2017〜2019年の種牡馬成績を再度見てみることにする。"正規分布であること"を前提にできれば、様々な手法で統計的にデータを解析することができる。正規分布を前提とすると、平均値±1.96×標準偏差の範囲にすべてのデータの95%が入るはずである。それ以外の5%は予想を超えるデータ、あるいは特異なデータと解釈ができる。どう解釈するかは(異常値なのか、本当にすごいのか)そう簡単に結論は出せないので話をこのまま進める。本レポートでは成績の良くない種牡馬にはあまり興味がないので、5%の内、良い成績の方の2.5%に注目したい。本レポートでデータにした種牡馬は年間92〜94頭なので、2.5%は2.30〜2.35頭ということになる。適正指数のデータを見ると平均値+1.96×標準偏差を超える成績を残した種牡馬は、芝レースの場合2017年:2頭、2018年:2頭、2019年:4頭、ダートレースの場合2017年:1頭、2018年:2頭、2019年:2頭であった。このように毎年少数の種牡馬が、(2.5%以下の確率でしか起こりえない)予想もできないような好成績を示している。その頭数は正規分布の数式から予想される数と大差はないので、驚くべき結果ではない。また一つ一つのデータは無視できない誤差が含まれるので、このデータだけでそれらを優秀な種牡馬であると結論付けることはできない。筆者自身もデータの解釈は慎重に行いたいので、あまり短絡的には考えたくないのであるが、データ解析を通じてどうしても無視できない種牡馬がいる。3年連続で上位2.5%に入った種牡馬が1頭だけいたのである。それが芝レースのおけるディープインパクトである。これだけデータがそろうと、数いる有能な種牡馬の内、ディープインパクトは特別な存在という他ないのではないだろうか。

 さらに数字のお遊びを続けてみる。実はディープインパクトの成績は、もっとすごく、3年連続で1%未満の確率でしかありえないような高い指数を示していることになる。ちなみに2017年種牡馬リーディング2位だったキングカメハメハ産駒の芝レースの成績は4.89%の確率でしかありえない好成績、同じく2018年の種牡馬リーディング2位キングカメハメハ産駒は6.81%の確率でしかありえない好成績、2019年種牡馬リーディング2位のハーツクライ産駒の芝レースの成績は7.49%の確率でしかありえない好成績となる。如何にディープインパクトがレアな種牡馬かということがわかっていただけるだろうか。以上の数値は今回収集したデータの平均、標準偏差が真値に等しいと仮定した場合の結果であり、鵜呑みにするのは危険であるが、本レポートでは3年連続で高い指数を示したディープインパクトの産駒成績は本物であるという立場を取りたい。ディープインパクトほど優れた種牡馬に出会える確率は非常に低く、同時代を過ごすことにできたその幸運に感謝しなければならないと、私自身は考えるようになった。

 ダートレースに関しては。もちろん好成績を残した種牡馬、そうでもない種牡馬がいるが、芝のディープインパクトのように突出した成績を残した種牡馬は見出せなかった。


3-2 種牡馬による芝、ダート適正

 この種牡馬はダート向き、この種牡馬は芝でこそ。こんな会話がなされることがある。例えば芝ばかり使われてきた馬が、初めてダートに挑戦する時に、予想の場でもよく聞かれるであろう。こうした会話がなされる背景には、種牡馬が決まれば産駒の芝ダート適正がある程度決まるという認識があるからであろう。よく耳にするのが、爪の形や脚の向きが、芝向きか、ダート向きかを決めるという説である。もしそうであれば、確かに遺伝的に決定されるのかもしれない。おそらく、競馬サークル内で経験的に語られているのだと思う。一方で、芝であろうが、ダートであろうが、基本は"速く走る"ことが重要であるので、芝で速く走れるのであれば、ダートでも速く走れるのが当然である、という考え方もできるであろう。実際に、芝、ダートどちらでも問題ないと言われる種牡馬もいる。本レポートでは、種牡馬に芝、ダート適正というものがあるのかどうか、適正指数を用いて客観的に考えてみたい。図4には、横軸に各種牡馬の芝適正指数、縦軸にダート適正指数をプロットした。一見して相関はあまりないようである。これらのデータから芝適正指数とダート適正指数の相関係数を求めてみると、2017年は0.05、2018年は0.06、2019年は0.18となった。


図4 各種牡馬の芝適正指数とダート適正指数の相関


 確かに相関係数は小さな値で、強い相関はなさそうであるが、3年連続で正の値となっているのも事実で、「相関がない」と決めつけてよいであろうか。相関係数は「相関があるか、ないか」を決めることのできる数値ではないので、統計的に"無相関の検定"を実施してみた。この方法では芝適正指数と、ダート適正指数を1対のデータとして、相関係数、t値、自由度をいったん求め、p値を算出することにより、「相関がない」という帰無仮説を検定するものである。p値は、2017年は0.665、2018年は0.554、2019年は0.094であった。これらの値は優位水準を0.05とした時にそれよりも大きな値で、「相関がない」ということは十分にあり得る、すなわち「相関がない」という帰無仮説を棄却できなかったということになる。統計学的に表現すると分かり難い感じになってしまうが、簡単に表現すると以下のようになる。「ある種牡馬の産駒は芝(ダート)で成績が良くてもしてもダート(芝)で成績がいいとは限らない。」となる。芝でもダートでも同じような成績を残している種牡馬がいるとすると、それはたまたまそうだった、ということになる。


3-3 種牡馬による重の巧拙

 特に降雨により馬場が荒れた時に気になる話である。「この馬の父は〜なので、こういった馬場はうってつけ」、このような話はテレビを見ていてもいやというほど聞く。こういったことも、3-2で述べた芝ダート適正の話と同様に、「そんな感じもすれば、そうでもない気もする。」たぐいの話なので、統計的な見地から考えてみたい。




図5 各種牡馬の良馬場適正指数と良馬場以外の適正指数の相関


図5には、横軸に良馬場の適正指数、縦軸に良馬場以外、すなわち、やや重、重、不良馬場合計の適正指数をプロットした。図4の芝・ダートの関係よりも相関は強そうである。相関係数は、2017芝は0.56、2018芝は0.49、2019芝は0.49、2017ダートは0.55、2018ダートは0.55、2019ダートは0.51であった。さらに3-2と同様にp値を計算してみた。p値は2017芝は3.4x10-9、2018芝は4.3x10-7、2019芝は6.4x10-7、2017ダートは7.4x10-9、2018ダートは7.1x10-9、2019ダートは3.2x10-7であった。これらの結果から優位水準0.05とした時に、p値は大きく下回り、「相関がない」という帰無仮説は棄却される。もしこれらのデータに相関がないとしたら10-5〜10-7%の低い可能性の奇跡が起きていることとなる。そのようなことが3年連続起きるとは考えづらい。やはり結論は「相関がある」である。相関があるとなった以上、良馬場の適正指数=良馬場以外の適正指数となるしか理論上はあり得ない。念のため記しておくと、競走馬自身には重の巧拙がある可能性はあるが、それは種牡馬が〜だから、というのは理由にならない。統計的に考えれば、種牡馬によって重の巧拙が決まるような事象が起きたとしたら、それはたまたまであるか、その種牡馬が他の種牡馬と違って例外的であるということになる。


4. リーディング上位馬について

 ここまで、年間出走100以上の種牡馬の成績について概観してきた。ここからは個々の種牡馬の成績について振り返ってみたい。データ数の少ない種牡馬については語れることは少ないので、本レポートでは2019年種牡馬リーディング30位までの種牡馬について報告する。



図6 2019年リーディング30位以内の適正指数(2017-19の平均)


 図6に、2019年種牡馬リーディングベスト30の芝及びダートの適正指数を示す。適正指数は2017年から2019年の平均値である。なお、ロードカナロア、オルフェーヴル、ノヴェリスト、エイシンフラッシュは2017年は対象外なので、2018年と2019年の平均、ジャスタウェイは2017年、2018年は対象外であるため、2019年の成績のみである。


4-1 リーディング1位、ディープインパクト


図7 ディープインパクト産駒の成績


 とにかく、芝レースの指数が高い。それに尽きる。成績は明らかに芝がダートを上回るが、ダートの指数も平均すると1を上回っているので、ダートが下手という表現は似合わないだろう。ディープインパクト産駒は馬場が渋ると不利、とよく耳にする気がするが、成績を見る限りそうではない。良馬場以外でも、ものすごく高い指数である。


4-2 リーディング2位、ハーツクライ


図8 ハーツクライ産駒の成績


 ハーツクライは、芝ダートの成績がほぼ同等といえる。ディープインパクトのライバルとまでは言えないが、指数も高い。改めて書くのも変であるが、非常に優秀な種牡馬である。


4-3 リーディング3位、ロードカナロア


図9 ロードカナロア産駒の成績


まだ評価を固めるべきではないかと思うが、2世代連続でGI馬を出すなど、目立つ成績を収めていて、期待大である。芝ダートともにハイレベルの成績である。芝適正指数は、ディープインパクトを除けばトップクラスであり、ダートの指数も、あとで述べるダート得意のヘニーヒューズと遜色なく、トップクラスである。現状、産駒の出走数は芝に対してダートが半分ぐらいであるが、それでいいのかな、とも思う。


4-4 リーディング4位、ステイゴールド


図10 ステイゴールド産駒の成績


 僅差ではあるが、3年連続芝の指数がダートを上回っている。この3年間はダートの成績を頑張っているが、過去にはダート適正指数が1に満たないことも多く、ダートは苦手といってもいいであろう。優秀な種牡馬であるのは間違いないが、飛び抜けて高い指数を出すタイプではなさそうだ。馬場が渋れば"ステイゴールド産駒"という言葉を何度聞いたか分からないが、データ的にはそれは間違いである。


4-5 リーディング5位、ルーラーシップ


図11 ルーラーシップ産駒の成績


 成績で気になるのは、年々下降気味ではないか?ということ。杞憂であればよいが。ちなみに産駒デビューが2016年である。2017年、2018年の芝の適正指数は素晴らしいものがあるが、2019年はそれらに比べると目立たない。このまま下降するとなると、名種牡馬から、普通に優秀な種牡へと格下げになってしまう。芝・ダート適正もよくわからない。もう少し様子を見てみたい。


4-6 リーディング6位、キングカメハメハ


図12 キングカメハメハ産駒の成績


 リーディング順位は6位に甘んじたが、指数の高さは抜群で、芝で言えば、ディープインパクトが断然のトップで、それに続くのがロードカナロアと並んでこのキングカメハメハである。芝ダートともに同レベルで指数が高く、ロードカナロア共々貴重な存在である。


4-7 リーディング7位、ダイワメジャー


図13 ダイワメジャー産駒の成績


 ダイワメジャー産駒は、芝の方が得意といえそうだ。芝の成績はハーツクライと肩を並べていて、ダート適正指数は1程度を確保していてまずまずであり、ダート下手とは言い難い。


4-8 リーディング8位、ハービンジャー

図14 ハービンジャー産駒の成績


 ハービンジャー産駒は芝が得意であり、ダートの適正指数は1を大きく下回っている。産駒の初GI制覇が2017年の重馬場の秋華賞(ディアドラ)であり、産駒の全GI5勝の内、3勝が渋った馬場であることもあって、「ハービンジャー産駒は重得意」という声が聞こえてくる。しかし、データを見る限りそうではない。


4-9 リーディング9位、ゴールドアリュール


図15 ゴールドアリュール産駒の成績


 ゴールドアリュール産駒の芝レースへの出走数は少なく、データの変動が激しい。2019年はナランフラグ、メイケイハリアーといった芝レースでの活躍馬が突如現れたことによって、指数が大きく向上した。こうしたデータを見るとデータの信頼性が心配なので、過去のデータも振り返ってみたい。ゴールドアリュール産駒のデビューは2007年なので、2008年以降の芝、ダート両適正指数を図16に示す。同時に芝、ダートへの出走数も示してある。産駒の出走数は圧倒的にダートの方が多い。確かに指数的にもダートの方が良いようにも見えるが、2012年頃までは芝の指数もあまり変わらないレベルであった。3-1で述べたように芝レースでの指数が1を超える例は貴重であり、ゴールドアリュール産駒が芝で能力が劣ると判断してしまうのは早すぎたのではないだろうか。このように芝で良績を残しているにもかかわらず、芝レースへの出走数はどんどん減ってしまい、産駒を芝のレースに挑戦する機会すら与えないというのには、どういった事情があったのだろうか?ゴールドアリュール自身がダートで活躍したこと、産駒に早くからダートでの活躍馬が(しかもGI級)が出たことが影響しているのであろうか。



図16 ゴールドアリュール産駒の成績(2008〜)


 ゴールドアリュール産駒は、ダート適正は確かに高いが、能力の高い産駒を優先的にダートに出走させることによって、芝の適正が十分に試されていない可能性があるのではないだろうか。ゴールドアリュールには残された産駒は少ないので、もうどうにもならないと思うが、残念である。


4-10 ランキング10位、オルフェーヴル


図17 オルフェーヴル産駒の成績


 成績が定まらないので何も断定できないが、芝レースの指数が1を超えているものの、"あの"オルフェーヴルなので、もう少し上がってこないのか?じれったい。一方2018年のダート適正指数1.53というのはそうそうまぐれで出る値ではないので、ダート適正には注目したい。実際に産駒のダート出走割合が増えてきているようである。


4-11 リーディング11位、キンシャサノキセキ


図18 キンシャサノキセキ産駒の成績


 サンデーサイレンスの孫世代ではトップを走ってきたが、2019年のリーディングは、オルフェーヴルに先を越されてしまった。ただこの馬も着実に成績を伸ばしてきており、リーディングトップ10入り目前である。地方競馬リーディングではすでにトップ10の常連であり、平均すればダートの方が成績は良いが、2019年は芝の適正指数がダートのそれを上回った。芝の重賞はすでに7勝している(2020年10月現在)ことも考えれば、芝ダート適正はまだわからない。


4-12 リーディング12位、クロフネ


図19 クロフネ産駒の成績


出走数が2018年から減少傾向にあり、全盛期の勢いはなく、データの信頼性はイマイチかもしれないので注意が必要である。産駒はダートが得意だといってもよいだろう。産駒が芝のGIを7勝している割には、芝の指数はそれほど高くない。産駒の平均的な成績と、大物を出すかどうかは必ずしも関係しないかも?ということを示唆している1頭。もしかしたら、芝は重の方が得意か?という疑惑の1頭でもある。


4-13 リーディング13位、ヘニーヒューズ


図20 ヘニーヒューズ産駒の成績


 2010年から、外国産馬として産駒が日本に入ってきていたが、日本での供用開始は2014年である。あっという間にリーディング上位に食い込んだ。外国産馬の中には朝日フューチュリティ(G1)の勝ち馬もいるが、成績は今のところダート寄りである。ダート適正指数はトップレベルで、芝の適正指数は平凡以下である。しかし、日本供用後初の活躍馬であるワイドファラオは芝の重賞を征しており(ニュージーランドT)、芝への出走例も増えてきている。


4-14 リーディング14位、ヴィクトワールピサ


図21 ヴィクトワールピサ産駒の成績


 父ネオユニヴァースはリーディングトップテンの常連だったが、そこまでは届かないか。またネオユニヴァース産駒はダートが得意だが、ヴィクトワールピサは、どちらかというと芝の方が良さそうだ。ダート適正指数は、今回取り上げた30馬の中では下位の方である。


4-15 リーディング15位、マンハッタンカフェ


図22 マンハッタンカフェ産駒の成績


 2009年には種牡馬リーディングを獲得し、その後も常にトップテンにランキングされ続けた名種牡馬である。しかし、リーディング上位として紹介できるのも2019年が最後になるかもしれない。芝、ダート関係なく活躍馬を輩出している印象通り、適正指数も芝、ダートで変わりがない。


4-16 リーディング16位、ジャスタウェイ


図23 ジャスタウェイ産駒の成績


 2018年新種牡馬のジャスタウェイは見事に2019年種牡馬リーディング16位に食い込んだ。ダートの成績は思わしくない。今後どうなるかはわからない。


4-17 リーディング17位、サウスヴィグラス


図24 サウスヴィグラス産駒の成績


 問題のサウスヴィグラスである。2017年から2019年の産駒成績を見ると、芝レースの複勝率は0であった。産駒はダートが得意で、JRAではNo.1ではないが地方競馬の種牡馬リーディングでは2015年から2020年現在まで連続して1位であり、アーニングインデックス、勝ち馬率ともに他を圧倒している。ダート得意ということに関して、異論を挟む余地はないだろう。それにしても芝の適正指数がゼロというのはどういうことだろうか。ゼロという数値が真実であれば、不思議といえば不思議である。折も折、2020年7月サウスヴィグラス産駒のアユツリオヤジが初の芝レースに挑戦し(3勝クラス)、圧勝した。ほんとにサウスヴィグラス産駒は芝レースの適正は無いのだろうか。ここで、4-9で述べたゴールドアリュールの場合と同様に、過去のデータを振り返ってみたい(図25)。


図25 サウスヴィグラス産駒の成績(2008〜)


図15のゴールドアリュールの場合と似た傾向が出ているように思う。ダートばかりに適正があるように見えるのは同様な理由なのであろう。ゴールドアリュールに比べれば、芝の適正は低そうであるが、2017年以降のゼロというのはデータ数が少ないために極端な結果が出ているだけであって、もう少し走れてもよいだろう。アユツリオヤジもその一例である。


4-18 リーディング18位、エンパイアメーカー


図26 エンパイアメーカー産駒の成績


 芝での重賞勝馬は出しているものの。適正指数はダートの方が圧倒的に高い。芝への出走数がそこそこある中での結果なので、「ダート得意、芝苦手」は間違いないだろう。指数を見れば、産駒数が多ければ、ダートでの活躍馬がもっと出てきそうであるが、残念ながらもうこの世にはいない


4-19 リーディング19位、スクリーンヒーロー


図27 スクリーンヒーロー産駒の成績


 ダートも芝も適正指数が1近辺であり、そこそこの成績を残している。2015年にGI馬2頭を出してから注目度がアップした種牡馬であり、現在産駒数、出走数がうなぎのぼりの状況で、今後の成績の推移に注目したい。ただ、大物は出すが、平均的はそれほどではないというパターンかもしれない。もしかしたら、芝は重の方が得意か?という疑惑の1頭その2である。


4-20 リーディング20位、ブラックタイド


図28 キタサンブラック産駒の産駒成績


 出走数が多いにもかかわらず、毎年のデータがばらつくので、この3年のデータだけでは判断は難しいが、芝とダートの適正指数はあまり変わらない。いずれも1.0を上回ることは珍しく(2018年のダートの適正指数は例外的)、特質すべき成績は示していない。キタサンブラックが活躍した2016年、2017年はリーディング10位となったが、2019年の順位が定位置といえる。


4-21 リーディング21位、アイルハヴアナザー


図29 アイルハヴアナザー産駒の成績


 ダート適正指数は素晴らしい。米国へ帰ってしまったのが惜しまれる。半面、芝での成績は思わしくない。


4-22 リーディング22位、ディープブリランテ


図30 ディープブリランテ産駒の成績


 ディープインパクト産駒初のダービー馬。2016年が産駒デビュー年であるが、2017年以降連続でリーディング30位以内に定着している。まだまだこれからではあるが、ディープインパクトの代わりにはなれそうもない。


4-23 リーディング23位、エイシンフラッシュ


図31 エイシンフラッシュ産駒の成績


 何とかリーディング上位に食い込んだが、指数的には今のところ特別感はない。


4-24 リーディング23位、ノヴェリスト


図32 ノヴェリスト産駒の成績


 父系は日本ではなじみが薄いマイナー血統であるが、芝の適正指数はまずまず高く、一安心といったところ。この指数を維持できれば、今後は活躍馬が出てくるであろう。


4-25 リーディング25位、パイロ


図33 パイロ産駒の成績


 ダートで指数1以上の成績を示しており、地方競馬の種牡馬ランキングでは、連続してトップ5入りしている。


4-26 リーディング26位、アドマイヤムーン


図34 アドマイヤムーン産駒の成績


 初年度産駒から重賞勝ち馬を出し、GI馬を輩出するなどどちらかというと芝レースで活躍馬を出してきたが、近年種牡馬成績が急激に下降していて、それが指数にも表れている。しかしながら、セイウンコウセイ、ファインニードルの効果であろうか、2018年の種付け頭数が増えているようなので、その結果を待ちたい。


4-27 リーディング27位、ネオユニヴァース



図35 ネオユニヴァース産駒の成績


 一時期トップテンの常連だったが、次第に活躍馬が少なくなってきて順位も低迷。指数はダートの方がだいぶ高く、近年、産駒のダートレース出走が増えてきている。


4-28 リーディング28位、ジャングルポケット


図36 ジャングルポケット産駒の成績


 活躍馬を出しながらも伸び悩んでしまった。指数的にも平凡。


4-29 リーディング29位、ワークフォース


図37 ワークフォース産駒の成績


 これまで、目立った活躍馬を出していない。


4-30 リーディング30位、ヨハネスブルク


図38 ヨハネスブルク産駒の成績


 日本での供用開始後すぐに活躍馬を出し期待を集めたが、その後伸び悩んだ。ダートの指数は見るべきものがあるが、すでに種牡馬引退してしまった。もう少し粘れなかったのか?


4-31 リーディング上位を振り返って

 3-2で述べた芝、ダート適正については、リーディング上位馬に関してもやはり、能力に偏りがあるのが分かった。致命的にどちらかがダメという例も見られたが、出走レースがどちらかに偏ることによって、能力を正しく評価できていない可能性もあった。3-3で述べた重の巧拙については、数頭怪しい種牡馬もいたが、種牡馬によって重の巧拙が決まるというのはやはり都市伝説に過ぎないと言ってもいいだろう。


4-32 芝、ダート適正について(おまけ)

 2019リーディングトップ30の内、芝に比べてダートの方が成績が悪かったのはディープインパクト、ステイゴールド、ハービンジャー、ノヴェリストであった。これらの産駒は比較的体格が小さく、2019年ダート出走馬の平均馬体重で見ると、ディープインパクトが20番目、ステイゴールドは18番目、ハービンジャーが24番目、ノヴェリストが26番目であった。「ダートには力が必要で、パワー型の方が有利である」といわれることもあり、実際に2019年のダートGIを征したインティやクリソベルは500kgを優に超す立派な馬体をしている。そこで、馬体重と指数との関係を調べてみた。図39には馬体重と指数との関係を示している。出走数が少ない390kg以下と560kg以上の出走馬に関してはデータから除外している。



図39 適正指数の馬体重依存性


芝もダートも、適正指数は馬体重の増加とともに高くなっている。この結果からは体格の大きな馬ほど芝、ダートの適正指数ともに高くなるので、体格が小さいことが、ダートの適正が芝より劣る理由とはなりえないと言える。ダートが得意な、ロードカナロア、キングカメハメハ、ヘニーヒューズ、サウスヴィグラスの産駒たちは確かにディープインパクト産駒よりも体格はいいが、オルフェーヴルやヨハネスブルク産駒のように、体格的にディープインパクト産駒よりも小さくても、ダート適正指数が高い場合もある。


4. まとめと今後

 本レポートでは、産駒の複勝率を基に適正指数を定義して、種牡馬能力を定量化しようと試みた。もともと、こうした解析を試みようとしたきっかけは、後世に影響を及ぼすような有能な種牡馬はどのようにして生まれるのかを知りたいがための指数化であったが、その結果の副産物として、種牡馬によって産駒の芝、ダート適正に影響がある可能性が高いことを示すことができ、重の巧拙については種牡馬により決定されるものではないことが分かった。本来の目的であった、良い種牡馬の生まれるメカニズムが分かったのか?の問いに関する答えはもちろん"いいえ"である。あくまで、そのとっかかりである指数化ができそうという手ごたえを得たという段階である。産駒数、産駒出走数の少ない種牡馬に関しては精度の高い指数を算出することは難しく、数年にわたる調査が必要であろうし、種牡馬の置かれている環境によっては、正当に評価できないこともあるであろう。ただ、あまり無いものねだりをしても仕方ないので、現時点で言えることはないか、少し考えてみたい。

 種牡馬リーディングは産駒の入着賞金でランク付けするので、産駒数が多いほうが有利であるし、重賞勝馬が生まれると、感覚的にその父は有能な種牡馬であると思ってしまいがちではあるが、そうした思い込みを排除するためにも指数化することは有効だと思う。今後はさらに指数を改善し、標準偏差を考慮した数値で表現できるようにしていきたいが、さらに数年解析を続け、標準偏差の傾向をもう少し理解してからにしたい。どういうことかというと、今回の解析の結果、全種牡馬の指数が正規分布していることも分かったので種牡馬成績を統計的に理解しやすくなったということである。例えばディープインパクトの芝適正指数は約1.6であるが、その指数は期待値である適正指数1.0の種牡馬に対して、1.6倍成績が良いとか、60%上回るといっても感覚的にはわかり難い。3-1で述べたように、「上位1%の成績である。」といった方が立ち位置はわかりやすいであろう。1%が凄いか、凄くないかは個人的な感覚になるので、何とも言えないが、"稀(まれ)"であることは確かであろう。

 本レポートで何度か主張しているように、産駒の競争能力は血統表で決定することができない。それは生物学的に当然で、子が受け継ぐ染色体は、両親の染色体がランダムに組み合わさって新たに生まれるものであって、その組み合わせは無数にある。人間界では全兄弟というのは多数いて、形質はともかく、運動能力に関しては兄弟は似て非なるものであるのは常識といえるだろう。最近の研究によると、馬の競争能力の個体差を生む要因の一つとして、染色体内の変異型アレル(DNA塩基)の存在が関係しているという。これは、交配の際に突然変異で生じるものである1)。そうだとすると、(特に突出した能力を持つ)産駒の能力は偶然性に因ることになり、どんな種牡馬でも名馬を生む可能性があるし、さらに名種牡馬を生む可能性があるといえる。そうなると検討する意味も何もなくなってしまうが、現実には優れた種牡馬と、そうではない種牡馬が存在するので(産駒成績を平均で見ると)、ここでは、その偶然性を認めるにしても、確率高く能力に優れた子が生まれるパターンについて考えてみたい。

 指数の高い種牡馬の名前を眺めるにつけ、ある思いが頭から離れなくなる。現役時代の"普通じゃない強さ"である。普通じゃない強さといっても、感覚的なもので具体的な指標は提示できないが。サンデーサイレンス、キングカメハメハ、ディープインパクトは言うに及ばず、キングカメハメハをあと一歩まで追い詰め、ディープインパクトを真っ向勝負で打ち破ったハーツクライ、同世代ダービー馬ジャングルポケットに先着を許さず、テイエムオペラオー、メイショウドトウという当時のビッグ2を並ぶ間もなく交わし去ったマンハッタンカフェなどはその典型だと思う。普通じゃない強さを誇ったロードカナロアはすでに成功が約束されている状況だし、ドゥラメンテ、モーリスも早くも結果を出し始めた(2020年10月現在)。最強馬というには今一歩かもしれないが、GIの大舞台で凡走がないステイゴールドやルーラーシップなども次点グループとしての資格があるのだろう。ブラックタイド、オンファイアよりはディープインパクト、ドリームジャーニー、リヤンドファミユよりもオルフェーヴルの方が結果を残していることを考えると、やはり競争能力と種牡馬成績が関係はありそうだ。全兄弟で逆のパターンというのはすぐに思いつかない。

 最強馬=名種牡馬を仮定してみると。過去の最強馬たちのことが気になってくる。気になる馬は多数いるので、別レポートにしてみたいと思うが、本レポートでは2頭の最強馬について紹介したい。

 1頭目はテイエムオペラオーである。解説は不要であろう。全盛期には余裕の勝利を重ね、全く負ける気がしなかった。しかし種牡馬としては目立った実績を残しておらず、「失敗」と断じられている文章を目にすることもある。

図40 テイエムオペラオー産駒の適正指数


図40にテイエムオペラオー産駒の適正指数を示す。確かに指数が高いようには見えない。もう少し細かく見るとテイエムオペラオー産駒は晩成型なのか、なかなか勝ち上がれず、古馬になってから本格化する馬が多く、その結果が2007年の芝レースの好成績(適正指数0.94)にも表れている。未来から眺めている立場からすると「さあこれからだ!」と言いたいところであるが、実は「時すでに遅し」であった。テイエムオペラオーの種付け数は初年度の2002年が最高(98頭)で、その後右肩下がりとなって回復することはなかった。結局テイエムオペラオー産駒として働き盛りの4歳馬の頭数は減少の一途で、当然指数的に上がってくるはずはない。実は種牡馬同期のステイゴールドも初年度の種牡馬成績は思わしくなく、2007年当時にも芝適正指数もテイエムオペラオーと大差ない1程度であった。それでも早くから種付け数も多く、重賞勝ち馬を出したこと、その他もろもろの幸運が重なって、名種牡馬へと成長していった。現在でも初年度から活躍馬を出さないと、その子供がセリで不人気なってしまうことはあるようであるが、テイエムオペラオーに場合はもう少し長い目で見てもよかったのでは?と思ってしまう。種牡馬としての能力が低いと断定するような成績とは思えない。テイエムオペラオーのような恐ろしいほどの強さを受け継ぐ産駒が出なかったことは残念であるが、テイエムオペラオーの血は間違いなく競馬界に貢献したはずであるし、軽々しく「種牡馬として失敗した」とは言ってほしくない。産駒数が少ないことに目をつむって結果だけを客観的に見ればそれは正しいのかもしれない。しかし、繰り返しになるが、種牡馬として能力がなかったとは言えないのではないだろうか。

 「サドラーズウェルズ系だから日本では成功しない」という言葉は、競馬の専門番組でも耳にすることもあるぐらいではあるが、そのような論理は成立しない、と再度言っておきたい。(あまり不毛な議論はしたくないが)それが証拠に、サドラーズウェルズの血を引くFrankelの活躍がある。日本にも多くの産駒が入ってきており、2019年には芝レースに90回の出走があった。芝適正指数は1.438であり、ディープインパクトには及ばないものの、ロードカナロアやキングカメハメハを上回っているのである。話は若干逸れるが、所謂ヨーロッパ血統が日本で手薄になっているので、世界に取り残されないためにも誰かに何とかしてもらいたい。奇妙な先入観のとらわれている場合ではない。誰かといっても社台グループにお願いするしかないが。

 2頭目に取り上げたいのはテイエムオペラオーと種牡馬同期のアグネスタキオンである。アグネスタキオンは一度は種牡馬リーディングに輝いているので、"幻の名種牡馬"とは言えないかもしれないが、早世してしまったため、それに近い存在である。皐月賞を最後に引退してしまったので、正直言ってほんとにどれくらい強かったのか筆者自身実感できていないが、ジャングルポケット、クロフネ、マンハッタンカフェあたりを子供扱いしているので、史上最強の資格はあったのではと、想像が膨らむ。


図41 アグネスタキオン産駒の適正指数


図41にアグネスタキオン産駒の適正指数を示す。2010年産馬がラストクロップなので、2012年までの成績を見ればよいと思うが、素晴らしい成績である(2012年の成績の落ち込みは少し気になる)。ざっくりした言い方であるが、ディープインパクトを少し下回り、サンデーサイレンス並みの指数である。キングカメハメハ、マンハッタンカフェ、ハーツクライよりは成績はかなり良い。短期間の活動だったのにもかかわらずGI馬を6頭も輩出するなど、並外れた業績を残している。数少ない産駒の内、ディープスカイ、アドマイヤオーラが重賞勝ち馬を出していて、中にはGI級勝ちもある。先ごろ(2020年10月)マイルチャンピオンシップ南部杯をダート1600mの日本レコードで勝ったアルクトスを出したアドマイヤオーラは、残念ながらアルクトス生誕の年に早すぎる死を迎えてしまった。何とも残念である。もしアグネスタキオンが健在だったらその血はさらに広がり、日本のサラブレッド生産界は今とは違ったものになっていたであろう。

 リーディング上位の種牡馬の死亡、引退が相次いでいて、日本のサラブレド生産界は様変わりしていくことになるが、サンデーサイレンスの孫世代、キングカメハメハの子世代に勢いがあり、内国産種牡馬の時代はまだ続きそうである。今後ディープインパクトのような、とてつもない種牡馬が日本に誕生するかは、奇跡を期待するしかないのだろうか。いや、自然の摂理に従うとすれば、ある確率であり得る事なはずである。奇跡といえば、モーリスやキタサンブラックのような、決して名種牡馬とは言えないような父から突然変異的に生まれる最強馬に、名種牡馬への道を期待してもいいかもしれない。もちろん内国産だけに目を向けるのではなく、海外の血の導入は必要になってくるだろうし、筆者自身もそれを望んでいる。ただ、ここで述べたように、優れた種牡馬の目安として、現役時代の競争成績が重要だとすると、外国のオーナーが所有する"最強馬"を日本に連れてくるのは容易ではないだろう。サンデーサイレンスの例は、結果として海外の血をうまく日本の導入できて、本当に幸運だった。キングカメハメハのように持ち込み馬があっと驚く成果を上げるパターンもあるだろう。私のような一競馬ファンには何もできないが、日本のサラブレッド生産界の弛まない努力が必然として幸運をもたらすのだろうから、期待しながら気長に待ちたい。


参考文献

1) 「サラブレッドの競争能力と遺伝子」、印南秀樹、生物の科学遺伝、74(3)、301(2020)

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